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ヒーリング・インテリアのすすめ

1.ストレス時代のすまいづくり

私たちは、かつてないほどのストレス社会にさらされています。生存をめぐる経済競争はますます激しくなり、生活環境は深刻な気候変動にさらされています。こうした問題は、容赦なく私たちの家庭生活へも忍び込んでいます。
すまいは、これまでのようなモノの充実ではなく、私たちのこころや身体の健康=Well-beingをいかに実現するかが重要になってきました。
こうした視点による新しいすまいづくりが求められています。

2. 家のほうがストレス?

2014年7月25日、ウォール・ストリート・ジャーナル日本版に米ペンシルベニア州立大学の論文が掲載されました。
研究者チームは米国北東部の中堅都市で被験者122人について、ほおの内側をこすって自らコルチゾール値(ストレスに反応して副腎皮質から出されるホルモンの分泌量)を1日に6回検査しました。検査時に被験者がどこにいたのか、どれほどストレスを感じていたか、あるいは逆にどれほど満足(充足)していたかも報告してもらいました。
その結果、被験者の大半について、職場にいる時のコルチゾール値が家庭にいる時よりも恒常的にかなり少ないことを発見したと発表しました。これは男女を問わず、子供を持っているか否かにかかわらず、当てはまるといいます。結果に男女差はなく、既婚・未婚、子どもがいるかいないか、職種などとも無関係でした。
家は仕事のストレスを癒してくれるやすらぎの場であるはずなのに、実際は逆であったショッキングな内容に、広く話題となりました。

3. それもそのはず

チンパンジーなどの類人猿は巣(家)をつくりません。現生人類=ヒトだけが家をつくります。これは、乱交型のチンパンジーと違い、ヒトだけが固定した夫婦を基本とした家族をつくり、また家族を単位とした社会をつくるからです。
チンパンジーは発情期になるとメスをめぐってオスどうしがそれこそ命がけの争いをしますが、ヒトはそのような争いをしません。固定的な夫婦関係を継続し、平和的に社会を維持します。このため、ヒトの犬歯は短く進化しました。
ただ、夫婦関係や家族関係、社会を安定的に維持・継続していくのは、そう容易なことではありません。それぞれの考え方や欲望、利害がぶつかり合い、軋轢が生じるからです。
こうしたとき、関係が破たんしないために重要なことがふたつあります。それは「コミュニケーション」と「ルール=規範」です。
このため、ヒトは言語をはじめとし、身振りやアイコンタクトなど、さまざまなコミュニケーションを発達させてきました。
ヒトは、夫婦や家族、社会を維持するために、つねに良好なコミュニケーションを求められ、また、さまざまな規範を遵守することを求められるのです。そしてこれは、なかなかにストレスフルなことです。
家とは、家族を隠蔽し、家族であることを内外に表明する、社会的構造を物理的に表明した装置です。
家庭にいた方がストレスが強いということは、夫婦や家族関係を維持するほうが、職場での仕事や人間関係を維持するよりも、大きな努力を必要とし、より困難であることを示しています。

4. ストレスとその対処

(1) ストレスの正体

大脳新皮質がストレス情報を受け取ると、偏桃体が興奮状態になります。偏桃体からの危険情報によって、自立神経系とホルモン系、2つのルートが働きます。
「危ない。危険を回避せよ」という指令は自律神経系に働き、呼吸を速くし心拍数、血圧を上昇させます。
一方、ホルモン系は、危機から脱出するためできるだけエネルギーを使わず、炎症作用を抑え、免疫力を落とし、エネルギーのもととなる糖を新生しながら命を維持します。このため糖の新生を行う「コルチゾール」を分泌します。コルチゾールはストレスホルモンと呼ばれています。
このように、ストレスは心理的な影響に限らず、サイレント・キラーと呼ばれる高血圧、糖尿病のリスクを高めます。両者とも、知らず知らずのうちに身体にダメージを与え、命にかかわる深刻な合併症を招きます。

(2) ストレス・コーピングとレジリエンス

最近では、ストレス対策全般を「ストレス・コーピング」と呼び、医療現場や職場などで広く行われるようになってきました。また、ストレスやトラウマなど、困難な出来事の後の回復力はレジリエンスと呼ばれ、注目を集めています。レジリエンス研究の第一人者S・サウスウィックらは、著書『レジリエンス 人生の危機を乗り越えるための科学と10の処方箋』で、レジリエンスを高める10の方法を紹介しています。

1.楽観的であること――現実を見つめ、明るい未来を信じる
2.恐怖と向き合う――その生物学的背景と対処法、活用法
3.道徳指針を持つ――正義を実践する
4.信仰とスピリチュアリティ――罪悪感、赦し、回復
5.社会的サポートを求める――相互に依存すること
6.ロールモデルを手本に行動する
7.トレーニング――健康を保ち身体を鍛える
8.脳の健康増進――知力と感情調整力を鍛える
9.認知と感情を柔軟にする
10.意味、目的を知る――人生の出来事を成長につなげる

このうち、「5.社会的サポートを求める――相互に依存すること」は、コーピングやレジリエンスがなかなか実践できないという場合有効な手段で、問題解決の重要な視点です。物事を自分の力だけでは解決できない場合、一人でがんばらず、周りにある社会資源を活用することが大切です。

5. ストレスはまず、家の外へ

インテリアのヒーリング環境を整えるにあたって、まずやらなければならないことがあります。それは、家庭のストレスの原因=ストレッサ―を外に出すことです。せっかくストレスを緩和するヒーリング環境を実現できたとしても、ストレスが常に生産され続ける状況が続くようであればなんの意味もありません。

(1) 片付け

家のなかが片付かないのは、最も大きなストレッサ―となります。たとえば観葉植物を置こうにも、家が片付いていないと置き場所もありません。また、片づけの習慣やスキルが身についていないままリフォームや新築をしても、必ずリバウンドが起こります。

① まずは捨てる
片付けの基本は、まず捨てること。ほうっておけばモノはたまる一方ですし、物理学でいうエントロピー増大の法則から、片付いたものは必ず散らかります。また、生物は新陳代謝により、新しい物質やエネルギーを取り入れ、老廃物を捨てることによって、常に細胞を新しくつくりかえますが、老廃物が捨てられずたまり続けるのは健康的ではありません。

② 空間と役割のシェア
次に、片付けを容易にするためには、家族全員がそれぞれ空間を独占しないこと、また役割を分担することが大切です。
空間が独占されると、その場所とその周りには、独占者のモノが集まります。何があるのか、またそれらのモノが大事なものなのか、そうでないのか、他の人には判断がつかず、必然的にモノは増え、散らかります。
また、家事が主婦に集中し、だれも手伝わないと、モノの管理が一人に集中し、責任が過大になって片付かなくなります。
家事が適切に分担され、空間が独占されることなく適切にシェアされれば、家族全員が家事に必要な道具、それぞれの持ち物にどのようなものがあり、どこにおかれているかを知ることになり、おのずと不要なモノが減り、散らからなくなります。

③ 自分セット
モノを捨てるのが得意でない人は、大事なモノをとっておくことも苦手です。モノを捨てるには、何を捨ててはいけないかを明らかにしておく必要があります。例えば預金通帳や家の権利書、契約書、生命保険の証書などの重量書類等、その家庭にとって絶対になくしてはいけないもの。各個人にとって大切なもの、アイデンティティにかかわるようなもの、無人島にもっていくようなもの、これらは「自分セット」として内容を確定し、保管場所を決めておく必要があります。
これらがばらばらに散在していたのでは、決して片付けは進みません。

④ ラベリングとアドレス
モノを片付けるためには、モノを分類することが必要です。そのうえでそれらに名前を付ける=ラベリングをすることが大切で、これができれば、家庭に何があるのか、全容を把握することができ、片付けが成功するための前提条件が整います。そのうえでそれぞれの置き場所=アドレスを決めればよいわけです。この際、これはここにあるべき、ではなく生活実態や生活動線にしたがって、もっとも合理的な所を収納場所に選択します。

⑤ 家の外に
どうしても片付けが進まないとき、社会資源=サービス事業者を活用する方法があります。よい事業者は、以後、片づけが終了した後もリバウンドが起きないよう、事前に丁寧にカウンセリングを行ったうえでサービスを開始します。

(2) コミュニケーション

コミュニケーションはヒトが進化の過程で獲得した重要な能力であり、また、夫婦関係、家族関係を維持していくために不可欠なものなのですが、実際にはこれがなかなかうまくいきません。
例えば次のようなん研究があります。
「相手へのコミュニケーシション態度のうち,夫に最も顕著な態度は「威圧」,妻に顕著な態度は「依存・接近」である。夫と妻とのコミュニケーション態度の違いには、性的社会化の影響、男女間の社会的・経済的地位の格差が関係している」(夫平山 順子, 柏木 惠子 2001年)
私たちは、高いコミュニケーション能力を有しながら、実際にそれを適切に行使する訓練を受けていません。
コミュニケーションに行き詰ったときは、カップル、家族カウンセリングなどを行っている専門的なカウンセリング機関を利用する方法が有効です。家のなかで子どもの前で夫婦の言い争いをすることなど、最近では不適切な養育=マルトリートメントと見なされ、子どもの脳に悪影響を与えることが知られています。
家の外で、専門のカウンセラーによって適切な話し合いをすることは極めて効果的ですし、何よりカウンセリングは気軽に利用できるサービスです。家庭からストレスを排除する有効な手段と言えます。

(3) 様々なトラブル

法律的なトラブルに巻き込まれた、家が壊れたなどのトラブルは大きなストレス要因になります。こうしたときは、法律や建築など、専門的な知識を持ち、かつ依頼者のこころをも理解できるカウンセリングの知識をもった相談先を選定することが重要です。

6. 環境の力

近年、主に米国西海岸の建築家と脳神経科学者の協働により、環境が持つヒーリングの力が明らかされつつあります。
先駆けになったのは、Roger Ulrich(University of Delaware)の研究(1984年)で、ペンシルベニアの郊外の病院で、手術を受けた46人の患者をレンガの壁が見える部屋と木立が見える部屋の23のペアに分け、記録を分析したものです。
結果は明白、木立の見えた部屋の方が、レンガ壁の見える部屋より痛み止めの処方が少なく、不満の表明も少なく、ほぼ1日早く退院。メディカルケアのコストは500ドル安いというものでした。
この研究を嚆矢として、バイオフィリックと呼ばれる植物や生物などの自然、アートや建築デザインなど、環境が私たちの健康に与える影響が研究されています。
これらの実践から、エビデンスベースト・デザインという考え方が広まり、オフィスや特に病院建築などが、革新的な変化を遂げています。

7. ヒーリング・インテリアをつくる

さて、わたしたちのすまいにあふれるストレスの諸相と、その対処について見た上で、諸科学がもたらすエビデンスを活用しながら、すまいのヒーリング環境を整える方法を考えます。

(1) 基本構成

まず最初に、ヒーリング・インテリアを実現するためのベーシックな空間構成、建築的な構成について検討します。

① 完全に水平な床と垂直な柱、調和のある構成=規範
ヒトがチンパンジーと異なる点は、固定的な夫婦をつくることに加え、完全な二足歩行をすることです。この二つは同時に進化したと考えられています。二足歩行は、足が遅くなるという致命的な欠点を補って余りあるメリットをもたらしたのですが、その一つが空間認識力であると考えられます。
道具を製作したり、作業をしたり、水やものを収納する上で必ず必要となるのが水平面です。また、二足歩行により上方への自由な視界を得たヒトの環境世界は、上下に広がり、鉛直という概念が獲得されました。こうして、ヒトの環境世界は豊かな3次元空間となりました。家は、床=水平面と柱=鉛直線が主な構造要素となりました。
4世紀に出土した家屋銅鏡図には、当時の家屋の図が4つ描かれていますが、これは20世紀の初頭にル・コルビジェが示したドミノ・システムとも共通する住宅の原型です。
清潔で乾いた水平な床、キッチン・カウンターやテーブル、机などのいつでも使用可能な作業台、収納の棚など水平面、また、柱、壁、ドアや開口部端部などの鉛直線、それらに加え水平面と鉛直線との比率、調和が重要となります。水平面と垂直の構造は、広く言語や音楽、社会のシステムや規範を形づくっている可能性があり、われわれのパーソナリティ形成に影響を及ぼしている可能性があります。
ヒトは姿勢をまっすぐに保つ際、脳、視覚情報、身体情報の相互作用で姿勢制御をしていますから、床や柱は完全な水平、垂直である必要があります。視覚情報で垂直に見えるのに実際は微妙に傾斜があるという場合、めまいなど健康影響の恐れが生じるので注意が必要です。

② 親密空間の創造
ここまで、おもにすまいのストレスにスポットを当ててきましたが、もちろんすまいの最も重要な役割のひとつが家族の愛情の醸成です。
とくに子どもの発達の見地から、乳幼児期のとくに母親との愛着(アタッチメント)形成が重要だとされており、子どもを抱っこしたり読み聞かせをしたりする場が不可欠要です。また、家族が集まって愛情や一体感を形成する場も必要です。
このためには、十分な大きさと形状をもつソファを選定し、その場を家の中心と位置づけるのが最適です。
抱擁やハグ、ボディタッチによって、いわゆる「幸せホルモン」と呼ばれるオキシトシンが分泌されることが知られています。オキシトシンについては最近研究が進んでおり、幸せな気分になる、脳・心が癒され、ストレスが緩和する、不安や恐怖心が減少する、他者への信頼の気持ちが増すなどのポジティブな効果があるとされています。
乳幼児へのタッチは、ストレスを減らし、成長を促す効果があることが知られています。

(2) 光のコントロール=採光と照明

① 太陽光のメリット
最近になって、太陽光が健康とWell-beingにもたらすメリットが明らかにされはじめました。
私たちは昼行性の種ですから、光は睡眠と覚醒のサイクルに大きな役割を果たします。私たちには体内時計=サーカディアン・リズムが備わっているのですが、それは体温調節からホルモン生産まで多数の生理学上のプロセスをシンクロさせる大切なものです。太陽光は私たちのサーカディアン・リズムを同調させ、気分を高め、メンタル・ヘルスによい影響を与えます。効果的なタイミングで太陽光を浴びることが、うつ症状や認知機能の改善に効果があることもわかってきています。
私たちはいまでは人工光によって活動サイクルを自在に変えることができますが、研究によると人工光はものを見るためには十分ですが、サーカディアン・リズムが機能するためには、特別にデザインされた照明の付加なしでは十分でないことがわかっています。
太陽光のメリットは、屋外の明るい太陽光下でのウォーキングでも享受できます。また、目から入った朝日は体内時計をリセットすることもわかってきました。毎朝同じ時間に起きて、起床後なるべく早いタイミングで朝日を浴びることが効果的です。

② 光のデザイン
太陽光のメリットを最大限に享受するためには、太陽光をインテリアに統合するデザインが重要です。
これは、ひとつは太陽光をできる限り効果的に取り入れること。もうひとつは、サーカディアン・リズムのため、太陽光の自然なうつろいを再現することです。
窓の大きさは、耐震性能との兼ね合いで限界があります。新築の場合は、周囲の状況をよく調べ、効果的に太陽光を導ける窓の位置を検討することが重要です。トップライトは壁面の窓に比べ3倍の採光効果があると言われていますが、直射光が当たらないように、また漏水が起きないように技術的な検討が必要です。また最近ではゲリラ豪雨や、大粒のひょうが降ったりしますので、注意が必要です。
リフォームなどで窓の新設が技術的に困難な場合は、窓からの光を生かす工夫が必要です。室内に入った光が効果的に室内に散乱するよう、反射面に暗い色の家具を置かない、壁を明るい色にする、そもそも窓を塞ぐようなものを置かないなどの対策でかなり改善することができます。
一方、昼間は太陽光を取り入れることが重要であるのに対し、夜は自然の太陽光に合わせ、照明の色温度を下げ(太陽光が夕方になると暖色系になるように)、蛍光灯やLEDなどブルーライトを含んだ照明を使用しないことが肝要です。
良好な睡眠のためには、サーカディアン・リズムが決定的に重要とされており、就寝2時間前から、暖色系の電球色の照明を使うと寝つきや睡眠の質が改善されるという研究結果もあります。

(3) 自然を取り入れる

① 植物=緑
植物は、自然のなかでも私たちにもっともなじみのあるものであり、そのヒーリング効果は、さまざまなかたちで検証されています。
都市のなかの緑について、「緑のスペースは、すべての年齢グループで健康のために重要である」、「緑のスペースに住居が近いほうが疾患率が低い」、「緑が少ないと孤独、社会的サポートを少ないと感じる」、「緑のスペースでの活動(ウォーキング、ランニング、自転車)による感情的機能向上とストレスの減少がみられる」など。また、「大きな樹木のある住宅地では住人の社会的交流がさかんになり、子どものADHD率が低い」とする研究もあります。
また、ガーデニングについて、「ストレスからの回復、避難場所、気分の改善に効果がある」とするものや、室内に植物を配することによって得られる効果について、「温熱環境調節機能・快適性向上効果、心理的効果、視覚疲労緩和・回復効果、空気浄化効果の4つの効果があると考えられる」とする研究もあります。

・すまいの緑をつくる
すまいに緑を取り入れる方法は、以下のようなものがあります。
公園、緑地など周囲の緑環境を活用する
すまいの周囲にある緑と触れ合う。周囲の緑を窓からの眺めなどに取り入れるなどです。
植栽や庭
すまいの敷地に、混植生垣、高木、低木、低木混植、地被植物などの植栽を施したり、庭をつくります。マンションなどの場合は、新築時から植栽が施されているケースがほとんどです。
インドア・グリーン
観葉植物など、室内で育てる植物です。

・内と外をつなぐ
緑が心身の健康に及ぼすポジティブな影響については、さまざまに検証されていますが、緑をよりいっそう豊かに暮らしに取り入れるために、大切なことがあります。それは、植物の「つなげる」力を尊重することです。
植物はいうまでもなく生物ですから、生命を持っています。植物を育てることは生命とつながることであり、野生とつながることです。室内の植物は、外の植物と呼応し、室内空間を外部に広げます。

・種類、空間との親和性
植物の種類を選定する際には、植物の高さや幅、葉の形、色といった姿形を、すまいの外観やインテリアなどの空間デザインに適合させることがポイントとなりますが、重要なのは、緑をつくるための基本テーマを持つことです。
たとえば、その土地のもともとの植生を調べ、庭や室内にそれを再現したり、日本の里山にかつてあった豊かで多様な植生を再現したり。また、さまざまな癒し効果があり、生活に利用できるハーブづくりをテーマにするなど。
こうした基本的なライフスタイルに応じて生活に関するあらゆるものを選定していくことによって、インテリアは、多様でありながらひとつの趣味(これもひとつの規範)のもとに統一されていくことになります。こうなれば、多少片付いていなくても散らかった感じはしなくなります。

・花
日本には、古来から花を飾る習慣があり、独特の文化を育んできました。江戸時代に盛んになった「生け花」は、「芯」を大事にし、足元から斜めに立ち上がっても天辺で中心軸に戻るのが基本とされていました。この「しん」は神の依代としても意味があったと言われていますが、日本の文化で鉛直線が規範となってきたことの証左といえます。

② 自然素材
私たちは、視覚、聴覚、嗅覚、触覚を使って周囲の情報を集め、それを3次元のイメージに統合して周囲の状況を理解すると言われています。これら4つの感覚すべてにおいて心地よいのは、自然素材です。
住宅に使用される自然素材といえばその代表は木材ですが、もとは植物=樹木です。木材は伐採されたときの樹齢と同じ耐久性があると言われています。年月とともに色が変化し、時に収縮等による音を発し、木の芳香を発し、やさしい手触りがあります。
最近ではビニールクロスの仕上げが圧倒的に多いですが、壁に自然素材である漆喰を使うと、調湿性があるためまるで呼吸のような息遣いを感じ、自然に囲まれているような感覚を味わうことができます。
木材の壁は、温かさを感じさせ、天然の石材は滑らかでクールなリラックス感、冷たさや硬さを感じさせない安定感があります。
また、私たちの足裏にも、豊かな触覚があります。ビニールなどと違って、無垢の木材やコルクは、心地よい暖かさがあります。
ヒーリング環境のためには、手触りはとても重要です。大量生産の家具などには、たとえばとっ手の金具などに鋭利な部分=シャープ・エッジが残っていたりします。これは子どもにとっては大変危険で、ストレスフルです。
家具や道具を選ぶ際には、あちこちじっくり触ってみて、こうしたシャープ・エッジがないか、手触りはいいかどうかをじっくり吟味することが大切です。

③ アクアリウム
このところ、家庭内にいわゆるミニ水族館をつくる「アクアリウム」がさかんになりつつあります。
英国・国立水族館とプリマス大学、エクセター大学からの共同研究結果によると、「水族館の展示を眺めていると血圧と心拍数が低下する」といいます。海洋生物の数や種類が多いほうが水槽前で過ごす時間が長くなり、心身へ好影響を与えます。
研究者は「水族館は自然環境に触れる機会が少ない人々に“自然”の癒やし効果を体感する機会を提供するものだ」としており、また、「今回の研究は巨大水槽が対象だが、小さなアクアリウムが心身の健康に及ぼす良い効果も見のがせない」といいます。
アクアリウムには水草や岩、樹木や流木など、水槽のなかに盆栽のようなミニチュア世界を形づくるものや、水槽をインテリアパーツとして壁などに組み込むものなど、さまざまなバリエーションがあり、このための専門店や専門施工業者等があります。
メンテナンスに手間をかけるのが苦痛だったり、地震の際水がこぼれてしまったりということがあれば、かえってストレスの原因ともなりますが、これらに注意して適切に導入すれば、高いヒーリング効果が期待できます。

(4) 室内空気質・アロマ

ヒーリング環境には、匂いや室内空気質が重要です。建築基準法の改正によって、シックハウスの問題が大きく取り上げられることは少なくなりましたが、まだ問題がなくなったわけではありません。たとえば少量だとヒーリング効果のあるヒノキの香り成分なども、大量にあるとTVOC(総揮発性有機化合物量)を押し上げ、悪さをすることがあります。
家具や建築材料など、新たに室内に持ち込む材料については、事前に実物やサンプルの匂い等をよく確認し、問題のないことを検証することが不可欠です。
また、快適な温湿度を実現し、カビなどを防止するためには、最適な温熱環境を実現することが重要ですが、これには実は高い専門性を必要とします。リフォームや新築の場合には、事前に専門家のコンサルティングを受けるのが安全です。
上記を前提に、ヒーリングのために香りを用いるのは、有効とされています。
ラベンダー・オイルは数々の研究から緊張を緩和し、情緒を向上させ、睡眠を促す効果があることが分かっています。また、ヴァレリアン(セイヨウカノコソウ)はストレスホルモンであるコルチゾールを減少させるなどの研究結果もあります。

(5) 家具(ファッテ・ア・マーノ)

ファッテ・ア・マーノとは、イタリア語で「人間の手による」という意味です。この言葉は衣類や靴などに使われますが、ここではインテリア、特に家具について用います。人間を癒すのは、人間の手であるという理由からです。
インテリアの印象を決めるのは、実は家具が大きな役割を果たします。ハウスメーカーなどのテレビCMを注意深く見ると、20世紀半ばに生産されたデンマーク家具が使われていることが多いのですが、インテリアの印象は実はこれらの家具で決まります。この時期のデンマーク家具は、ハンス・ウェグナー、フィン・ユール、オーレ・ヴァンシャーなどの優れたデザイナーによる秀逸なデザインに加え、熟練した職人の手による精緻な加工が施されています。
座り心地、手触り、デザインのよい家具は、高いヒーリング効果があります。
また、チークやオークなどの無垢材でつくられた家具は、その手入れもオレンジやレモンなどの天然オイルで行いますが、手入れと同時にこれらのアロマを楽しむことができます。

(6) アートの活用

フローレンス・ナイチンゲールは、いまから150年以上前、よりよいヘルスケア環境へのパイオニア的努力の中で、アートが持つヒーリングパワーに着目。「美しいもの、多様なもの、とくにブリリアントな色の効果は、メンタルだけでなく身体に効果があると述べています。
今日、医療におけるアートの活用は、ルネッサンスとも言える活況を呈しています。イヌイットのドラム、ナヴァホ族の砂絵、古代ギリシャの彫刻、オスマン帝国の病院における癒しの音楽など、これらは太古からあったものですが、いまこれらに科学的エビデンスが与えられています。医療従事者の医療行為と協働することによって、患者やスタッフにとってアートは強力な医薬品ともなると理解されています。
これらは、さまざまな形で住宅のインテリアにも応用することができます。

(7) 快適な音環境

美しい音楽、自然の音はこころを癒してくれますが、音は時に騒音として、住まいの最も大きなストレッサ―にもなります。共同住宅においては、音をめぐる問題は入居後紛争の原因で最も多く、解決が困難です。
最もストレスフルな音には、次のようなものがあります。
・大きなテレビの音(見たくない時)
・子どもの騒ぎ声、泣き声
・苦しんでいる人の声
・聞きたくないプライベートな会話

音楽の認知、神経科学的効果は最新の研究領域で、「出産前にブラームスの子守歌を聞かせると、出産後の体重増加が早く、退院も1週間早い」、「音楽はストレスホルモンを減少し、免疫力を高める」などの研究結果があります。
理想的な音環境をつくるために、ルーム・イン・ルームとして完全な防音室をつくる方法があります。防音室を製作する事業者のなかには、空気伝搬音、個体伝搬音ともに防止するため躯体と切り離した浮き構造の防音室を製作できるところがあります(環境スペース㈱など)。防音室内の快適な音場を確保するため、フラッターエコーを防止したり、ややもするとこもりがちな臭いを防止する技術も兼ね備えています。
騒音のない防音環境を獲得することは、心置きなく音を発することのできる環境を獲得できることを意味し、音楽などの趣味はもとより、心おきない会話、また安眠や安息の場ともなります。家族だけのシェルター、最高のヒーリング空間となります。

(8) アウトドア、エクステリアの活用

豊かなインテリアを獲得するためには、実はアウトドア、地域社会とのかかわりがたいせつです。太陽光や緑など自然との触れ合いが不足すれば、地域にある自然資源を活用して戸外活動などで補てんすることができます。
明確に意識することはなくても、私たちはさまざまな局面で地域社会とのかかわり合いのなかで生きています。その大切さは、災害などで失われてはじめてわかります。
インテリアの豊かさは、地域社会との豊かなつながりに依存します。

8. プロト・タイプ

すまい・カウンセリング協議会では、これまでにみたようなヒーリング環境の要素を集約し、プロト・タイプとしてまとめています。その仕様をまとめると、下記のように要約できます。
・完全に水平な、乾燥した床
・いつでも使用可能な水平面の構成
・完全に垂直な柱、鉛直線とその適切な比例
・愛着、家族関係形成のための環境の創造
・ストレス・コーピング、ヒーリング環境の実現
・合理的な収納システム
・ルーム・イン・ルーム
・内と外をつなぐ緑
・いつでも調達可能な継続的な生活関連サービス

9. 環境が人をつくる

近年、脳神経科学や心理学、進化学、動物学やロボット工学、コンピュータ科学等の進展と、それらの知見が総合されることにより、人間にとって環境がいかに重要であるかが明らかになってきました。
そのひとつが、遺伝子の役割と環境との関係です。私たちは外界の変化に柔軟に対応するために、自らの脳の神経系を改変することができるのですが、そうした芸当が可能なのは、学習=経験そのものが遺伝子発現を変えるからといわれています。遺伝子には条件によって発現するスイッチあって、多くの場合その選択肢は環境からの手掛かりによって選ばれます。
ある研究では、たった3時間ラットを豊かな環境に置いただけで、少なくとも60種類の遺伝子の発現が増加し、それらの遺伝子はDNAの複製を増加させ、シナプスの成長をガイドし、細胞死を減少させるといいます。
また、複雑でおもちゃのたくさんある環境で育てられたラットやマウスの脳は、平凡でさえない飼育箱で育てられたものの脳よりも、皮質が厚く、樹状突起の枝分かれが複雑で、1ニューロン当たりのシナプスの数が多いとする研究結果もあります。
ルイーズ・バレットはその著書”Beyond the Brain/ How Body and Environment Shape Animal and Human Minds”(邦題『野生の知能』)の中で、動物にとっての環境の重要性について多角的に考察しています。
バレットは私たち動物の行動の融通性について、脳がすべての認知や制御をつかさどるのではなく、それを身体や環境に肩代わりさせることで、適応性を増しているといいます。たとえば歩行をする際、足の動きは脳によってのみ制御されるのでなく、骨格や筋肉、腱などの適切な構造により接地面との関係による自律的な動きをし、脳の認知の負担を軽減しているのだそうです。また、掃除ロボット「ルンバ」は、動きがすべてプログラミングされているわけではなく、単純な動作原理によって壁や障害物との関係で複雑な動きをします。これは昆虫や鳥などの捕食や営巣など、一見高度な知能の所産であるかに見える行動にも当てはまるといいます。
さらにバレットは、記憶についてさえ環境のなかに分散しているといいます。記憶は私たちが脳のなかに持っている「もの」ではなく、動物・環境という連鎖全体の特性であるというのです。融通性と知能は脳だけの手柄ではなく、身体化され、環境のなかにあって完全に統合された複合体の特性であって、その複合体こそが私たち動物なのだというわけです。
このことは、「物理的環境は、経験とアイデンティティを形づくりる。環境は、経験と不可分であり、環境の記憶は過去の経験を思い出す手がかりとなりうる」という心理学上の知見と符合します。
これを住宅に置き換えて考えてみると、住環境はまさに私たちのアイデンティティを形成する要素のひとつであるばかりでなく、私たちの存在そのものが脳、身体と住環境の統合体であるといえます。

何らかのトラブルによって住宅が傷ついたときのこころのダメージは、なぜ想像以上に大きいのか?
自宅が家事で失われた俳優Sが、テレビのインタビューに答えて、「脳の半分が失われたような気がする」と証言したのはなぜなのか?

これらは、私たちの環境とのかかわりを理解することによって、深く合点がいくのです。

(一般社団法人すまい・カウンセリング協議会 小椋 利文)

参照・文献
一般社団法人日本家事代行協会
日本リーガルカウンセリング学会
統合的心理療法研究所
『野生の知能』(ルイーズ・バレット 小松淳子訳 インターシフト)
『心を生み出す遺伝子』(ゲアリー・マーカス 大隅典子約 岩波現代文庫)
『レジリエンス 人生の危機を乗り越えるための科学と10の処方箋』(スティーブン・M・サウスウィック デニス・S・チャーニー 森下愛訳 岩崎美術出版社)
『本当に怖いキラーストレス』(茅野分 PHP新書)
『<わたし>はどこにあるのか』(マイケル・S・ガザニガ 藤井留美訳 紀伊国屋書店)
『進化論はいかに進化したか』(更科功 新潮選書)
『親密な人間関係のための臨床心理学』(平木典子 中釜洋子 友田尋子編著 金子書房)
『日本住居史』(小沢朝江 水沼淑子 吉川弘文館)
『夫婦・カップルのためのアサーション』(野末武義 金子書房)
『花道の思想』(井上治 思文閣出版)
『所有の歴史 本義にも転義にも』(ジャック・アタリ 山内昶 法政大学出版局)
『家族進化論』(山極寿一 東京大学出版会)
『文化がヒトを進化させた 人類の繁栄と<文化ー遺伝子革命>』(ジョセフ・ヘンリック 今西庸子訳 白揚社)
『「学力」と「社会力」を伸ばす脳教育』(澤口俊之 講談社α新書)
「寝る 2 時間前に過ごす空間の光環境の変化」による 睡眠状況の改善と精神の健全性への影響を検証 」(㈱住環境研究所、福田一彦(江戸川大学))
『NEUTRA』(Babara Lamprecht  TASCHEN)
『healing spaces, THE SCIENCE OF PLACE AND WELL-BEING』(ESTHER M. STERNBERG, M. D.  HARVARD UNIVERSITY PRESS)
『HEALTHY ENVIRONMENTS, HEALING SPACES』(TIMOTHY BEATLEY, CARLA JONES, AND REUBEN RAINEY University of Virginia Press)
『Healing Environments,  WHAT’S THE PROOF?』 (BABARA J. HUELAT MEDEZYN)
『Remembering Home, Rediscovering the Self in Dementia』(HABIB CHAUDHURY  The Johns Hopkins University Press)

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