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新すまい論

すまいはいま⑦ 頭のよい子を育てる家

勉強部屋よりリビング学習?

数年前から、賢い子どもを育てるためには、勉強部屋よりリビング学習がよいとする情報をあちこちで目にするようになりました。
これは、どうやら2010年に放送されたテレビ東京の番組「ザ・逆流リサーチャーズ 東大生の子供時代に逆流スペシャル!」が大もとらしいのですが、現役東大生に自分の子供時代についてアンケートし、それがどのように将来に影響したかを解き明かすという企画でした。
このなかで、
子どもの頃、勉強していた場所は?
→リビングが多かった。48%
子どもの頃、習い事はしていたか?
→水泳をしていた。59%
などが紹介されました。

これ以降、リビング学習ががぜん注目され、子どもを賢く育てるための住宅のあり方について、人々の興味が集まりました。
また、このテレビ放送とほぼ同時期に、百ます計算で有名な蔭山英男氏による『子どもを賢く育てる暮らし方』(2010年3月、学研教育出版)が出版され、子どもを賢くする生活習慣や住居のしつらえ等が提言されました。この中で、キッチン斜め前に設けられたカウンターデスクが、象徴的な存在となっていました。
その後、蔭山氏とコラボした「かげやまモデル」など、住宅関連企業による様々な調査や商品開発が行われました。
また、最近では、『東大脳の育て方』 (瀧 靖之 (監修) 主婦の友社 2017年)など、脳科学の最新知見を加えたノウハウ本が出版されるようになり、子どもを賢く育てる方法全般について、依然高い関心を集めています。これまで人間の発達については、フロイトの心理ー性的発達理論やエリクソンの心理ー社会的発達理論などが知られていましたが、最近の脳科学は、子どもの脳の発達の過程を明らかにしました。
脳は8歳くらいまでの幼児期に急速に発達すること、また「後頭葉」→「側頭葉」→「頭頂葉」→「前頭葉」の順に発達し、子どもの能力は、脳のそれぞれの部位が担っている役割に従って、視覚や聴覚(0歳~)→運動(3~5歳)→語学(8~10歳)→コミュニケーション(10歳~思春期)という順に発達することが分かってきており(『「賢い子にに育てる究極のコツ』(瀧靖之 文響社 2016年)、年齢に応じた効果的な学習方法が提案されています。

愛着(アタッチメント)の重要性

さて、こうした一方で、最近同じく脳科学の立場から、ショッキングな研究結果が公表されました。
それは、反対に不適切な養育(マルトリートメント)が子どもの脳に”物理的に”障害を与え、学習欲の低下や非行、うつや統合失調症などの病を引き起こすというものです。(『子どもの脳を傷つける親たち』(友田明美 NHK出版 2017年))
たとえば虐待はマルトリートメントに含まれますが、虐待とは「身体的虐待」や「性的虐待」ばかりでなく、食事を適切に与えない、おむつやトイレの世話をしないで放っておく、長時間、家や車内に置き去りにする、などの「ネグレクト」や「心理的虐待」も虐待にあたります。この「心理的虐待」とは、子どもに対する直接的な脅しだけでなく、夫婦間でも暴力(言葉の暴力も含む)を見せるなどもこれにあたります。わたしたちが何気なく行っていることが該当する可能性があり、はっとさせられます。

同書では、幼児期にいかに「愛着(attachment)」を築くかが、その後の人生に―特に精神面的な面において―大きな影響を与えることを指摘しています。「愛着」とは「子どもと特定の母性的人物(親、養育者)との間に形成される強い結びつき(絆)」のことをいいます。子どもが社会的、精神的に健全な成長を遂げるためには、安全・安心を保障してくれる確かな存在ー親や養育者ーと、親密な関係を維持し、安定した愛着を築かなければなりません。
「アタッチメントは、その言葉の元々の意味が「くっつく」ということですが、実のところ、それが可能にするのはむしろ逆の、子どもが一人でいられる力、すなわち自律性の発達なのです。」(遠藤利彦「アタッチメントが拓く生涯発達」(「発達」通巻第153号 2018年1月))

脳科学からのアプローチ

こうしたさまざまな観点から、とくに幼児期の育児や教育を含めた環境要因の重要性が浮かび上がってきました。
脳科学者の澤口俊之氏は、『「学力」と「社会力」を伸ばす脳教育』(講談社+α新書 2009年)ですでにこのことを指摘しており、この環境要因について、「進化的に予想している環境」(EEE Evolutionarily Expected Environment)という独自の概念を提唱しています。たとえば、ヒトの子どもは「人間社会で音声言語に囲まれて育つこと」を進化的に予想しており、そのため、音声言語のための神経回路を幼少期で発達させるような遺伝的(あるいは進化的)なプランをもっているということです。そのプランを実行できない環境で育つと、音声言語の獲得は非常に困難になってしまうわけです。

また、澤口氏は脳機能を評価するにあたって、前頭連合野の総合的な能力であるHQ(Humanity Quotient)を提唱します。
ヒトは進化の過程でヒトに独特な前頭連合野を大きく進化させてきたのですが、この脳領域こそが「人間性」の中心となっているといいます。他の真猿類と同じように、ヒトの前頭連合野の脳間・脳内操作系も社会関係や社会生活を主な進化要因として発達してきたのですが、ヒトにはヒトに特有な社会関係・生活(「家族と氏族社会の形成」と「組織的な採食行動ーとくに狩猟ー」)があって、それが「人間的な脳間・脳内操作系」とその能力としてのHQを進化させてきたとしています。
HQは大きく二つの要素「未来志向的行動力」と「社会関係力」を含んでいます。
未来志向的行動力は、将来に自分なりの目的や問題を設定して、それを適切に実現してゆく能力で、企画力や問題解決能力、独創性、やる気、努力などを含みます。社会関係力は、文字通り社会関係をうまく行う能力で、自己制御力。理性や「心の理論」(相手の立場に立ったり、相手の考えや情動を推測したり予想したりする能力)、高度な言語能力(交渉力や説得力)などを含みます。生物の究極的な目的は「自分の遺伝子を後世に伝えること」です。哺乳類の場合、遺伝子の存続には生存と配偶行動、そして子育てが必須である。HQの主要な役割は、その進化的駆動力や主要要素からみても明らかなように、「人間的な社会的生存、婚姻、子育て」であり、HQはこの究極的目的の達成においてまさに中枢を担っているとしています。

人間の知能には個別的IQ(言語性IQや空間性IQ、行為性IQなど多重知能の各指標)と一般知能gFがあるのですが、このgFは個別的なIQの上位に立つIQとして、古くから知られていました。個別IQが前頭連合野意外の脳領域で主に担われているのに対し、2000年になって、前頭連合野とくにその外則部がgFの脳内中枢であることが分かったといいます。HQはこのgFを含むものとしています。
実社会での「成功者」とみなせる人々を6000人ほど調べたところ、一人の例外もなくgFは110以上だったということです。
一流大学を出て一流企業に入ってもドロップアウトしてしまう若者たちが増加しているという報告があるのだそうですが、そうした若者たちを調査した報告での各種知能テストをみると、個別的なIQは高いし記憶力も優れているのに、HQが低下しているとしています。

進化が予想する環境とすまい

澤口氏によると、HQを育む環境すなわちEEEは、その特徴から推測できるように「生誕直後からの愛情深い母子密着とその後の豊かな社会関係」を主軸とするとしています。
これは先にみた「愛着(attachment)」と重なります。

アタッチメント理論では、「アタッチメントとIQ、あるいは学業成績なんどとは関係が認められない(略)一方、非認知的能力、社会情緒的コンピテンスについては、(略)アタッチメントとの一貫した多くの関連、影響が認められて」おり、「近年は、就労形態や収入、賃金の程度といった人生の成功の指標とされるものが非認知的なちからの状態によって予測されるという報告が、経済学研究から寄せられて」いるとしており(篠原郁子「アタッチメントと非認知的な心の発達」(「発達」通巻第153号 2018年1月))、最近注目を集めつつあります。
非認知的とは、具体的には社会情緒的コンピテンスとして、社会の中で適応的に生活し、また、心身ともに健康で自己実現をはかりながら生きていくことを可能にする多くの心理的、社会的な側面に関わるちからが想定されています(国立教育政策研究所、2017)。

一方は脳科学、他方は心理学と異なる分野からのアプローチで、用語や概念について相違はあるものの、乳幼児期における親や養育者との絆が形成された安心できる環境の存在が重要であることは共通しているようです。
澤口氏はこれを「進化的に予想している環境」としているわけですが、人間の環境要因のひとつとしてすまいを考えている立場からみると、これは直感的に納得できる概念です。すまいとは、ヒトが霊長類のなかで進化的に唯一獲得した「すまい」そのものといえるのかもしれません。

「プレジデントFamily 2017秋」(プレジデント社刊)が、「東大生173人アンケートで実証! 学力を伸ばすたった一つの親の習慣」と題した特集記事を掲載しています。
このなかで、「家の人にしっかり話を聞いてもらっていましたか?」という質問に90%の人がYESと回答しており、「子どもの話を聞くこと」の重要性が指摘されています。また、話を聞く工夫について、「食事の時間」(「朝食を食べずに投稿する日があった」に92%がNO、「食事をつくりながら」という回答も)、「お風呂の時間」(「お風呂は毎日一緒に入り、一日のことを話した」という回答もあり)、「移動の時間」(「学校や塾の帰り道に、話しながら」など)などについての様々な回答が寄せられています。
これらの結果は、コミュニケーションの重要性を示唆するのみならず、幼児期にさかのぼって「愛着(attachment)」や、HQを育むEEEが適切に形成されてきていることをうかがわせるものとなっています。

愛着形成支援とすまいづくり

ところが、この「愛着の形成」が注目されるにつれ、逆にその実現が近年なかなか困難になりつつあります。
実際、全国の児童相談所における相談対応件数はここ十数年、増加しつつありますし、そもそも共働き世帯が増加しており、本来子どもと愛着を形成するための時間が限られたり、養育者自身がストレスなどメンタル上の課題を抱えていることも少なくありません。
このため、各地で、養育者支援の試みが始められています。
北側恵氏(甲南大)らは、「安心感の輪」子育てプログラム(2013)を作成し、2017年現在400名を超えるファシリテーターを要請し、子育て支援、社会的養護、発達支援、医療などの様々な現場で実践しています。
また、国立研究開発法人科学技術振興機構・社会技術研究開発センターによる「養育者支援によって子どもの虐待を低減するシステムの構築」という養育者サポートの試み、アメリカ・オハイオ州シンシナティ子ども病院で開発されたCARE(Child-Adult Relationship Enhancement)と呼ばれる心理教育的介入プログラムの実践、普及の試みなどが始められています。

こうしてみてくると、頭のよい子どもを育てることは、決して学力を高めるノウハウの知ることにとどまらず、いかに子どもを適切に育てるかという大きな問題となることがわかりました。また、それは現代においては決してたやすいことではなく、子どもの発達や家族の状況の変化に応じて、継続的な情報提供や支援を必要とするものであることもわかりました。
そこにすまいがどうかかわり、どういう役割をはたすべきなのか、いま真剣に考える必要がありそうです。

 

 

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